2009年8月16日(
日
) 放送
太宰治 文学と美術
今年は太宰治生誕100年ということで、青森県立美術館と青森県近代文学館で特別展が開催されています。今日の活彩あおもりは文学と美術の両面から作家、太宰治に迫ります。
太宰治、本名・津島修治は明治42年6月19日、北津軽郡金木村に生まれました。「斜陽」・「人間失格」・「走れメロス」など数多くの作品を残し、昭和の文学界に多大な影響を与えました。現在、太宰治生誕100年を記念して、青森県近代文学館では特別展を開催しています。
太宰が生まれた津島家は県内でも有数の資産家でした。六男として生まれた太宰は、一躍財をなした津島家を作品の中で描いています。それだけ自分が生まれた環境にこだわっていたことがうかがえます。
母・タネが病弱であったため、叔母のきゑと子守の越野タケが太宰の母親代わりでした。きゑやタケと過ごした幼少期は自伝的小説「思い出」に描かれています。
旧制青森中学に進んだ太宰は小説を書き始め、その才能を発揮していました。旧制青森中学の校友会誌で「最後の太閤」を発表。この作品が太宰にとって初めての作品であるとされています。
旧制弘前高校時代には同人雑誌「細胞文藝」を創刊。その中の「無間奈落」は大地主である津島家を告発するという自虐的な内容でした。この細胞文藝は美術面でも太宰の才能が発揮されています。
現在、青森県立美術館で開催されている特別展「太宰治と美術」では文学のみならず、美術にも造詣が深かった太宰の一面を垣間見ることができます。
太宰に芸術的影響を与えたのが兄の圭治です。現在の東京芸術大学で彫刻を学んでいた圭治の作品も展示しています。
高校当時の太宰の写真。友人の藤田本太郎が撮影した写真で、太宰のあどけない表情を見ることができます。
作家としてデビューしたあとも油彩画で自画像を描いています。画家との交流もあり、美術に深い関心があったことがわかります。直接交流はありませんでしたが、随筆「青森」で無名時代の棟方志功の画を購入したというエピソードを紹介しています。
太宰と親交が深かった画家に阿部合成がいます。太宰の作品に出てくる登場人物の中には阿部の面影を感じさせるという指摘もあります。阿部が戦争に出征する際には一緒に風呂に入り、必ず帰って来いと言って別れたというエピソードもある程、熱い友情で結ばれていました。
画家だけでなく、青森出身の作家たちとも交流が深かった太宰。「津軽」・「思い出」に代表されるように故郷の風景を描いた作品も数多くあります。ではなぜ今もなお太宰作品が読み続けられているのでしょうか…青森県近代文学館の特別展ではその人気の秘密にも迫ります。
今回の特別展では初公開となる資料を集めたコーナーを設けています。太宰の自筆資料など大変貴重なものをばかりです。
文学と美術、2つの視点からとらえた太宰治の展覧会、ぜひご覧下さい。8月30日までは県立美術館・近代文学館を通る、便利な青森市観光ルートバスも運行されています。こちらもご利用下さい。
青森県近代文学館 「太宰治 生誕100年特別展」 (9月6日まで)
青森県立美術館 「太宰治と美術
故郷と自画像
」 (9月6日まで)
青森市観光ルートバス (8月30日まで毎日運行)
料金500円 小学生250円 (6歳未満無料)